うつ病になった後、どうやって元の生活に戻ればいいのか、不安に思う人は多いと思います。
私自身、一度うつ病になり、そこから社会復帰した経験があります。
決め手になったのは、根性でも、劇的な出来事でもありませんでした。
会社との交渉が、限界を迎えるまで
きっかけは、会社との交渉でした。
有給管理の不信感から、直接交渉していた
会社の有給管理がずさんだったことを知り、納得する退職ができませんでした。
最初は、社長と直接電話でやり取りしていました。
ただ、そのやり取りの回数が増えるごとに、やる気や食欲、感情がなくなっていきました。
家族が気づいてくれた変化
その変化に気づいたのは、家族でした。
病院を受診するよう勧められ、かかりつけ医を受診しました。
事情を説明すると、不安を和らげる薬を処方されました。そこで初めて、その薬がうつ病にも使われるものだと知りました。
薬は、数回で辞めた
処方された薬が、うつ病にも使われるものだと知った時、初めて「うつ病」という言葉が、自分のこととして重なりました。
それでも、薬は数回飲んだだけで辞めました。
他の病気のように、決まった日数飲み続けなさいという指示があったわけではなかったし、基本的に、薬には頼らないと決めているからです。
動けなかった時期と、そこからの転機
そこから、社会復帰までにはさらに時間がかかりました。
和解が成立しても、何もする気になれなかった
家族が、会社とのやり取りに第三者機関を入れることを提案してくれました。
自分では外に出ることもできない状態だったので、予約日には家族が連れて行ってくれました。
その後、和解が成立し、会社とのやり取りは終わりました。
それでも、精神的なダメージが大きかったのか、何もする気になれませんでした。貯金があったので、それを生活費に充てながら過ごしていました。
猫たちへの責任が、社会復帰の後押しになった
ただ、貯金だけで生活を続けるには限りがあります。このまま続けたら、いずれ底をつくという不安も出てきました。
自分一人のことなら、それでもよかったかもしれません。
でも、当時飼っていた猫たちへの責任を果たすためにも、社会復帰しないといけないという気持ちが、少しずつ大きくなっていきました。
そこから、1年ほどかけて、少しずつ社会復帰していきました。
近くから、少しずつ
最初から遠くで働くのは不安だったので、家から歩いて数分の、人との接触が最低限で済みそうなスーパーで働き始めました。
ただ、収入への不安も大きく、そこから少しずつ、収入の高い仕事を目指すようになりました。
最終的には、畑違いの介護の仕事で、完全に社会復帰することができました。
まとめ:後押ししてくれたのは責任だった
正直、当時どれだけストレスがかかっていたのか、今でもよく分かっていません。
それでも振り返ると、私を動かしたのは、根性でも、劇的な出来事でもなく、猫たちへの責任でした。
自分一人のためだけでは動けなくても、守るべきものがあることが、後押しになることもあると思います。
同じように悩んでいる方の、参考になれば嬉しいです。
【あわせて読みたい】
【健康の境界線】頑張る時と、逃げていい時の見分け方
【心の自己防衛】心の限界を超えたあなたへ!人間関係の不信感を乗り越える戦略
【再起のプロセス】挫折から長い年月をかけて、平均年収を超えるまでに至った歩み
20年のキャリアと猫が教えてくれた「自尊心」の再生術。空白期間があっても大丈夫と言える理由


コメント