「いつもちゃんとしていたい」「自分に厳しくあるのは当たり前」。 そう思って過ごすことは、私にとって特別なことではありませんでした。そうやって自分を律することが、社会で誠実に生きるための基本だと思っていたからです。
しかし、あるとき気づいたのです。その「当たり前」の積み重ねが、いつの間にか自分を追い詰め、些細なことでイライラする毎日を作っていたことに。 かつての私と同じように、真面目すぎて自分をすり減らしてしまっているあなたへ。そこから抜け出すための、私の防衛戦略をお話しします。
「真面目さ」がいつの間にか「他人への期待」に変わっていた
自分に厳しいことは誠実さの証です。でも、その誠実さが「重石」となって、自分の心と体を押し潰してしまうことがあります。
かつての私は、自分に厳しいがゆえに、知らず知らずのうちに他人にも同じような基準を課していました。「私はこれだけ準備しているのに、なぜあなたは?」。自分の中の「べき」を他人にまで広げ、それが守られないことに勝手に憤っていたのです。
何より苦しかったのは、自分が嫌っていたはずの「決めつけ」を、自分自身が他人にしていた事実でした。外見だけで判断して勝手に期待し、裏切られたと感じて疑心暗鬼になる。そんな生き方は、自分自身を傷つける盾でしかありませんでした。
完璧を捨てたわけではない。「気づく」だけで舵を切る
思考を100%変える必要はありません。私が始めたのは、自分の思考の癖に「気づく」というワンクッションを挟むことだけです。
「ああ、今また他人に期待して、自分で勝手にイライラしているな」
そう客観的に眺めるだけでいい。イライラしたとき、それが「べき思考」から来ていると分かれば、そこから先は「戦略」です。 電車が遅れたとき、以前なら怒りに任せていたところを、「今はイライラしても電車は早く来ない。代わりに、次からはもっと時間に余裕を持とう」と行動をセットで変えていく。これは諦めではなく、自分を守るための「合理的な防衛術」です。
「期待しない」ことで守られる、自分だけの聖域
「他人に期待するのをやめる」。これは冷たいことではなく、自分と他人の間に境界線を引く行為です。
他人の行動はコントロールできませんが、自分の行動や環境は管理できます。時間に余裕を持つこと、準備を徹底すること、不快な場所には近寄らないこと。それらはすべて、真面目な私が「自分自身を大切に扱う」ために必要な戦略です。
そうやって「自分の出来ること」に集中するようになると、不思議と他人に対しても寛容になれます。完璧じゃなくていい。自分に厳しいままでもいい。その厳しさを、自分を責めるためではなく、自分を心地よく守るために使ってください。
思考の癖は、あなたが生きてきた証です。だから否定しないでください。ただ、「苦しい方向に行きそうになったら、少しだけ舵を切る」。それだけで十分です。あなたは、今のままで十分に頑張っています。
次は、どちらの道へ進みますか?
思考を整えた後は、今のあなたに一番必要な「守り方」を選んでください。
1. 根本的な人間関係を楽にしたい方へ
2. 今すぐ心身を物理的に癒やしたい方へ


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